相続税は累進課税が採用されているため、遺産額が大きくなるほど税額も大きく増加することになります。
しかしながら、配偶者に対しては、相続税の負担を軽減する特別な控除が設けられています。
配偶者の控除はどんなものか、相続税を計算する際にどこで適用するのか、最大限適用すればお得かなどについて、計算に焦点を当てながら解説します。
配偶者控除
配偶者控除がどんな制度か、相続税の計算上、どう適用するのかについて確認していきましょう。
配偶者控除って何?
正確には「配偶者の税額の軽減」と呼ばれる配偶者控除は、亡くなった方の配偶者が遺産分割や遺贈によって実際に譲り受けた遺産のうち、課税対象となる額が一定の金額までは相続税がかからないという、配偶者だけに認められる特権です。
その金額は、1億6,000万円または配偶者の法定相続分です。
この税額を軽減する制度は、配偶者が実際に譲り受けた遺産の額を基に計算されます。
配偶者の法定相続分は、だれと共同相続人になるかによって異なります。
遺産を共同で相続する相手が、子の場合は2分の1、亡くなった方の両親との場合は3分の2、亡くなった方の兄弟姉妹との場合は4分の3です。
具体的には、2億円の遺産を子2人と法定相続する場合、配偶者が2分の1(2億円x1/2)で1億円を、二人の子は残りの2分の1を半々(2億円x1/2x1/2)で5,000万円ずつ譲り受けます。
単純に言えば、配偶者控除の限度内ですから、配偶者に関しては相続税が発生しません。
配偶者控除を受けることができるのは、死亡によって始まる相続開始のときに、戸籍上で婚姻関係にあった配偶者に限られます。
内縁関係や、相続開始前に離婚している場合は、適用されません。
配偶者控除は、自動的に適用を受けることができません。
つまり、配偶者控除を受けるためには、相続税の申告が必要です。
このため、原則として相続税の申告期限である、相続開始後10カ月以内に遺産分割が終了している必要があります。
10カ月の期限がきても協議が整わない場合は「未分割申告」と納税をしておきます。
相続税の申告期限から3年以内なら、分割方法が確定した後に修正申告を行うことで、控除の適用を受けることができます。
ただし、未分割申告の時点では配偶者控除が適用できないため、納税額が大きくなる可能性があることに注意が必要です。
配偶者控除を適用する手順
この制度は、配偶者だけに限って税額の軽減が適用されるものです。
適用の際は、遺産の総額や配偶者が譲り受ける遺産額、相続税の総額、相続人それぞれの税額を計算した上で、最終的に、配偶者控除の金額を計算する手順となります。
亡くなった時の財産が、課税対象となる遺産の全てとは限りません。
遺産にも、生前に贈与した財産、死後に発生する財産、非課税の財産などがあります。
まずは、課税対象となる遺産を確定します。
課税対象となる遺産が確定した後は、基本的に相続税の計算から除外される「基礎控除」を差引きます。
相続税は、遺産が基礎控除よりも大きい場合に限って発生することになります。
基礎控除よりも遺産額が少なければ、もともと相続税は課されませんし、申告も必要ありません。
配偶者控除は、相続税が発生する場合に、配偶者が譲り受ける遺産分に対してだけ適用することになるため、これらの計算を行った上で当てはめることになります。
相続税の計算と配偶者控除の適用
配偶者控除を適用することができるかや、適用を受けると税額がいくらになるかは、具体的に税額の計算を行ってみないことには分かりません。
以下では、税額の計算方法や配偶者控除の適用について、具体的に解説します。
まずは、相続税が課されるのか、課される場合はいくらになるかについて、具体的な手順を確認していきましょう。
手順1 課税対象となる遺産を確定する
遺産は、税務上の評価を行って価値を評価します。
まずは、亡くなった方の財産のうち、相続税の対象となる遺産について課税価格を求めます。
課税価格は、「本来の財産」+「みなし財産」+「生前贈与」-「非課税財産」-「債務」-「葬式費用」です。
課税価格には、亡くなった方が生前に持っていた「本来の財産」だけでなく、死亡が原因で支払われる保険金や退職金など、持っていたとみなされる「みなし財産」も含まれます。
なお、死亡保険金や死亡退職金は、非課税枠を利用できます。
一方、亡くなった方が、3年以内に生前贈与した財産は、遺産に含まれます。
手順2 課税価格から基礎控除を差引く
基礎控除は、財産を相続する全員が利用できます。
差し引いた後に残る額があるかどうかを見れば、納税や申告が必要かどうかを知ることができます。
基礎控除は、「定額3,000万円+相続人一人当たり600万円×法定相続人の数」です。
法定相続人が、配偶者と子2人なら、基礎控除額は4,800万円(定額3,000万円+一人当たり600万円x3人)となります。
課税価格から、基礎控除を差し引いた残りの額がゼロになれば、相続税は発生しません。
また、申告を行う必要もありません。
残りの額がある場合は、この残りの額に対してだけ課税されます。
相続人は、被相続人の死亡時に始まる相続開始の時点で、存命である必要があります。
また、配偶者以外は、被相続人の「血族」となります。
配偶者は、常に相続人になり、子は、第1順位の相続人です。
養子や認知された子も相続人となります。
ただし、税務上、法定相続人に含める養子の数には制限があります。
実の子供がいる場合は、養子が1人まで、実の子供がいない場合は養子が2人まで認められます。
親は第2順位、兄弟姉妹が第3順位の相続人となります。
第1順位、あるいは第2順位の相続人がだれもいない場合に、相続人となります。
相続人の人数は、相続放棄がある場合でも変更されません。
手順3 税の総額についての計算方法と税率
課税価格から、基礎控除を差し引いた残りの額がある場合は、この残りの額に対してだけ課税されます。
消費税などの計算方法とは違い、税額がいくらになるかは、単純にそれぞれの相続人が実際に譲り受ける遺産額に税率を掛け算しても、計算することができません。
税額を計算するには、この残りの額について民法に定める相続分によって割り振った額に、税率を掛け算します。
法定相続人ごとの税額を合計したものが、税の総額です。
式で表すと「相続税の総額=(相続人Aの法定相続分x税率)+(相続人Bの法定相続分x税率)+(相続人C・・・)」となり、個々の税額を合計します。
個々の税額を計算するための税率は、以下の速算表で確認することができます。
課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 0.1 | - |
3,000万円以下 | 0.15 | 50万円 |
5,000万円以下 | 0.2 | 200万円 |
1億円以下 | 0.3 | 700万円 |
2億円以下 | 0.4 | 1,700万円 |
3億円以下 | 0.45 | 2,700万円 |
6億円以下 | 0.5 | 4,200万円 |
6億円超 | 0.55 | 7,200万円 |
具体的に、亡くなった山田さんの例を考えてみます。
山田さんの遺産は課税価格が2億円で、妻と2人の子が法定相続人です。
基礎控除額は4,800万円(定額3,000万円+600万円x3人)となります。
税額の計算では、2億円から基礎控除を差し引いた残りの額が対象となりますから、1億5,200万円が計算の対象です。
これを、税額の計算のために法定相続分で割り振ると、妻は1/2で7,600万円、子も1/2で7,600万円です。
子一人については、半分ずつに分けます。
これに税率を当てはめ、あらかじめ定められている控除額を差引きます。
妻は7,600万円ですから、7,600万円x税率30%-控除700万円で、1,580万円となります。
子は、一人について3,800万円x税率20%-控除200万円で、それぞれ560万円となります。
相続人の税額を合計すると、相続税の総額が計算できます。
山田さんの場合、妻1,580万円+子は560万円x2人で、税の総額は2,700万円となります。
ただし、それぞれの納税額は、次の手順で説明します。
手順4 それぞれの納税額の計算
総額を計算するために、相続人各々について税額を計算しました。
しかしながら、総額を計算するために求めた個々の税額は、合計額を計算するためだけのもので、実際の納税額とは異なります。
実際の納税額は、相続人一人一人が実際に譲り受ける遺産額を基に、税の総額をそれぞれに配分する計算をします。
個々の税額を求める計算式は、「相続税の総額」x「相続人一人一人が譲り受ける遺産の割合」で求めます。
「相続人一人一人が譲り受ける遺産の割合」は、相続人一人一人の課税価格÷課税価格の合計額です。
具体的に山田さんの例で確認します。
山田さんの妻と2人の子は、法定相続分どおりに遺産を受け取ります。
税の総額は2,700万円と計算できています。
譲り受ける遺産の課税価格は2億円、妻が1/2の1億円、2人の子はそれぞれ5,000万を譲り受けます。
妻の税額は、税の総額2,700万円x(妻が譲り受ける遺産の課税価格1億円÷課税価格の合計2億円)で、1,350万円です。
子2人の税額は、税の総額2,700万円x(子ひとりが譲り受ける遺産の課税価格5,000万円÷課税価格の合計額2億円)で、それぞれ675万円となります。
これで、「一応」それぞれの実際の納税額が計算できました。
手順5 配偶者控除の適用
ここで、ようやく配偶者控除の出番です。
この控除は、実際に譲り受ける遺産の課税価格が、配偶者の法定相続分または1億6,000万円のいずれか多い方の額までは、配偶者に相続税が課されないという制度です。
山田さんの例で見ると、妻の法定相続分は遺産2億円×1/2で1億円です。
控除額の1億6,000万円よりもすくないため、手順4では妻の税額は1,350万円との計算結果ですが、控除を適用できるためゼロとなります。
このため、山田さんの例では、子2人にだけ税が課されることになり、合計で1,350万円となります。
配偶者控除を当てはめる際の税額を求める計算は、とても面倒なことがお分かりいただけたことと思いますが、配偶者と子が法定相続分どおりに相続するのなら、簡単に税額を知ることができる早見表を利用できます。
課税価格(基礎控除を差し引く前の遺産総額)と子の人数が一致する欄を見れば、配偶者控除を適用したあとの税の総額を確認できます。
早見表で、遺産総額が2億円で「子供2人」の欄を見ると、「13,500」と記載されています。
単位は千円ですから、1,350万円と一致することが分かります。
遺産総額 | 配偶者がいる場合 | |||
---|---|---|---|---|
配偶者 子供1人 |
配偶者 子供2人 |
配偶者 子供3人 |
配偶者 子供4人 |
|
1億円 | 3850 | 3150 | 2625 | 2250 |
1.5億円 | 9200 | 7475 | 6650 | 5875 |
2億円 | 16700 | 13500 | 12175 | 11250 |
2.5億円 | 24600 | 19850 | 18000 | 16875 |
3億円 | 34600 | 28600 | 25400 | 23500 |
3.5億円 | 44600 | 37350 | 32900 | 31000 |
4億円 | 54600 | 46100 | 41550 | 38500 |
4.5億円 | 64800 | 54925 | 50300 | 46000 |
5億円 | 76050 | 65550 | 59625 | 55000 |
5.5億円 | 87300 | 76175 | 69000 | 64375 |
6億円 | 98550 | 86800 | 78375 | 73750 |
6.5億円 | 110000 | 97450 | 87750 | 83125 |
7億円 | 122500 | 108700 | 98850 | 93000 |
7.5億円 | 135000 | 119950 | 110100 | 103000 |
8億円 | 147500 | 131200 | 121350 | 113000 |
8.5億円 | 160000 | 142475 | 132600 | 123000 |
9億円 | 172500 | 154350 | 143850 | 134000 |
9.5億円 | 185000 | 166225 | 155100 | 145250 |
10億円 | 197000 | 178100 | 166350 | 156500 |
(単位:千円)
配偶者控除の落とし穴
配偶者控除は、配偶者の税額が軽減される制度ですが、最大限の適用を受けたからといって必ずしも特になるとは限りません。
具体例を交えながら確認していきましょう。
法定相続分とは異なる分け方をした場合の税額
前出の山田さんの例で、山田さんの妻と2人の子が、法定相続分とは異なる分割を行う場合を考えてみます。
配偶者控除が最大限使えるように、妻が1億6,000万円を譲り受け、2人の子が残りの4,000万円を半分ずつ譲り受けるケースで計算してみましょう。
税の総額は2,700万円で変わりありません。
妻の税額は、税の総額2,700万円x(妻が譲り受ける遺産の課税価格1億6,000万円÷課税価格の合計2億円)で、2,160万円です。
2人の子の税額は、税の総額2,700万円x(子ひとりが譲り受ける遺産の課税価格2,000万円÷課税価格の合計2億円)で、それぞれ270万円となります。
妻は、この例でも税がかからない範囲内の額を譲り受けるため、相続税はゼロです。
2人の子は課税されることになりますが、実際の税額の合計は、540万円です。
法定相続分どおりの分割では、2人の子の税額合計が1,350万円ですから、税額が810万円少ないことになります。
2回目の相続が発生した場合の税額
不幸なことに、亡くなった山田さんを追うように妻が他界した場合は、山田家には2回目の相続(2次相続)が発生します。
この場合の相続人は、残された2人の子だけになります。
夫から譲り受けた1億6,000万円のうち、1,000万円を使った残りの1億5,000万円が遺産です。
税の総額はいくらになるでしょうか。
基礎控除は、3000万円+600万円x2人で4,200万円と、1次相続よりも減ることになります。
すでに説明した計算手順に従えば、それぞれの税額を計算することができますが、それぞれのケースを簡単に比較できるように早見表で確認していくことにします。
ここで確認する早見表は、相続人が子だけの場合の相続税の早見表です。
基礎控除を差し引く前の遺産総額(課税価格)が1.5億円で、子2人の欄を見ると、「18,400」と記載されています。
単位は千円です。
つまり、遺産よりも少し少ない1億5,000万円を、子二人が法定相続分どおりに譲り受ける場合の税額の合計は、1,840万円となることが分かります。
遺産総額 | 配偶者がいない場合 | |||
---|---|---|---|---|
子供1人 | 子供2人 | 子供3人 | 子供4人 | |
1億円 | 12200 | 7700 | 6300 | 4900 |
1.5億円 | 28600 | 18400 | 14400 | 12400 |
2億円 | 48600 | 33400 | 24600 | 21200 |
2.5億円 | 69300 | 49200 | 39600 | 31200 |
3億円 | 91800 | 69200 | 54600 | 45800 |
3.5億円 | 115000 | 89200 | 69800 | 60800 |
4億円 | 140000 | 109200 | 89800 | 75800 |
4.5億円 | 165000 | 129600 | 109800 | 90800 |
5億円 | 190000 | 152100 | 129800 | 110400 |
5.5億円 | 215000 | 174600 | 149800 | 130400 |
6億円 | 240000 | 197100 | 169800 | 150400 |
6.5億円 | 265700 | 220000 | 189900 | 170400 |
7億円 | 293200 | 245000 | 212400 | 190400 |
7.5億円 | 320700 | 270000 | 234900 | 210400 |
8億円 | 348200 | 295000 | 257400 | 230400 |
8.5億円 | 375700 | 320000 | 277900 | 250400 |
9億円 | 403200 | 345000 | 302400 | 272700 |
9.5億円 | 430700 | 370000 | 325000 | 295200 |
10億円 | 458200 | 395000 | 350000 | 317700 |
(単位:千円)
一方、相続分どおりに分割した場合は、亡くなった妻の遺産は、1億円です。
子2人の税額を早見表で確認すると、基礎控除を差し引く前の遺産総額(課税価格)が1億円の場合は「7,700」千円、つまり、770万円となり、妻の遺産総額が1億5,000万円の場合と比べて、1,070万円少ないことになります。
したがって、2次相続までの税の合計額を考えると、妻の遺産が1億円の場合は1,350万円+770万円で、2,120万円、1億5,000万円の場合では540万円+1,840万円で、2,380万円と分かります。
このように、2次相続までを単純に考えると、配偶者控除を最大限度まで適用した場合の方が、税の合計額が多くなってしまうケースもあることを知っておくことが大切です。
配偶者控除の適用に際しては、次の相続が発生することを想定して、子や孫、兄弟などの税負担についても考慮しておく必要があると言えます。
2次相続では、配偶者が持っている財産も課税対象
適用すれば、税額を抑えることができる配偶者控除ですが、2次相続までを考慮すると他にも注意すべきポイントがあります。
それは、配偶者が持っている財産も、2次相続の際は遺産として加算されることです。
山田家の例では、山田さんの夫が亡くなった時に、妻が配偶者控除を最大限利用しようとすると、2次相続で子の相続税額が大きくなることがお分かりいただけたと思います。
この例では、妻の遺産が無いものとして説明を展開していますが、2次相続で妻の遺産が加算されれば、税率は累進税率が採用されているため、税額も大きく増加することが考えられます。
まとめ
配偶者控除を適用すれば、税額を抑えることができます。
しかしながら、ここまで確認してきたように、必ずしも特になるとは限りません。
節税したいと考える場合でも、2次相続までを考慮することが大切です。
なお、亡くなった方が、死亡するまでの10年以内に相続を受けていた場合の「数次相続控除」も設けられています。
同じ財産に何度も税が課されることを避けるために設けられている控除で、前回の相続において課税された税額のうち、1年に10%の割合で減額した後の金額が、税額から差し引かれる制度です。
実際に2次相続が発生した場合は、2次相続までの期間や配偶者が使った遺産額、配偶者が自身で保有する財産の額など様々な要因が影響しますが、控除をどの程度適用するかは、早見表なども利用して慎重な検討が必要です。