相続とは亡くなった人(被後見人)のプラスの遺産(債権)だけでなくマイナスの遺産(債務)も含めて相続人が引き継ぐということです。
預貯金や不動産があってもそれ以上に借金がある、もしくはその可能性があるのであれば、相続放棄をするというのも一つの方法です。
相続人の中で相続放棄者が出た場合は相続税の計算も変わってくるので注意が必要です。
相続放棄とは
法定相続人の遺産を相続したくない相続人は、相続が開始したことを知ってから3ヵ月以内に家庭裁判所に申述することで相続を放棄することができます。
相続は被相続人の死亡により直ちに開始しますが(民法第882条)、相続放棄ができる期間は自分に相続権があることを知ってから3ヵ月以内となります。
やむを得ない事情で、被相続人の死亡を知った時には既に死後1年経っていたとしても、その時から3ヵ月以内であれば放棄が可能ということです。
相続放棄は各相続人が単独で行えますし、他の相続人の同意も要りません。
相続放棄をした者は、その相続に関しては最初から相続人でなかったとみなされます(同第939条)。
したがって、もし次順位の法定相続人がいた場合には、放棄により次順位者が相続人となります。
相続人でなくなるのですから代襲相続(相続人の子供が相続人としての地位を引き継ぐこと)もありません。
たとえば、法定相続人が第1順位の「配偶者+子供1人」である時に子供が相続放棄をしたとします。
そうすると子供がいない場合の法定相続人は配偶者+第2順位の被相続人の尊属(両親など)なので、新たに両親などが相続人となるのです。
相続放棄の理由は人それぞれ
相続放棄の制度は、非のない相続人が被相続人の債務を引き継ぐことで生活を脅かされることがないように、との理由が根底にあるので、今回のタイトルのように相続税を払わなければならないほどプラスの遺産がある場合には相続放棄など起こりえないのでは、と考える方も多いでしょう。
しかし、相続の数だけ各家庭の事情は存在します。
どうしても被相続人の財産を受け取りたくない、相続争いをしたくない、既に生前贈与を受けているなど、また、被相続人の前配偶者との子供に対して相続放棄するよう頼む場合もあるでしょう。
相続放棄後の相続税の計算法を知っておいて損はありません。
基礎控除額計算における相続放棄者
相続税は基礎控除額を超えた相続財産に対してかかります。
基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算しますが、先に上げた民法939条の規定を見れば、相続放棄者は基礎控除額計算の際の法定相続人からも排除されるように思えます。
しかし、実は基礎控除額の計算では相続放棄があっても「相続放棄はなかった」とされるのです。
例えば法定相続人が4人いて、そのうちの3人が相続放棄をしたとしても、基礎控除額は「3,000万円+600万円×4=5,400万円」のままです。
この例の場合、全相続財産が4,000万円だと、相続放棄者を相続人の数に計上できないと相続税がかかってきますが、今の制度ではそのような心配が要らない訳です。
同様に、相続財産額が基礎控除額を超える場合であっても、税額は相続放棄がなかった時と変わりません。
相続放棄者がいる場合の税額負担シミュレーション
ではここで、具体例を使って書く相続人の相続税負担額を計算してみましょう。
相続人は配偶者、子供A、Bの計3名です。
相続財産全額は1億円で法定相続をします。
①相続放棄がなかった場合
1億円から基礎控除額(3,000万円+600万円×3=4,800万円)を引いた5,200万円に対して相続税がかかります。
法定相続分で分けると、
配偶者…法定相続分2分の1で超過分のうち2,600万円を相続
子供… 法定相続分各4分の1ずつで、超過分のうちそれぞれ1,300万円を相続
税率15%でそれぞれ50万円ずつ控除があるので
配偶者…2,600万円×15%―50万円=340万円
子供… 1,300万円×15%―50万円=各145万円
合計 630万円が相続税額となります。
最終的に各相続人が支払う額の計算方法は「相続税総額×各人の課税価格÷課税価格総額」です。
子供…630万円×2,500万円÷1億円=各157.5万円
相続税負担額は、配偶者:315万円、A:157.5万円、B:157.5万円です。
②Aが相続放棄
相続税額の計算方法は①の場合と同じなので、630万円のままです。
しかし、実際に財産を相続するのは配偶者とBなので、Aが払うはずだった157.5万円を二人で負担しなければなりません。
その計算方法は、放棄者の税額を各相続人の法定相続分の割合で按分するというものです。
配偶者と子供一人の場合、それぞれの法定相続分は50%ですから、
配偶者…157.5万円÷2+315万円=393.75万円
B…157.5万円÷2+157.5=236.25万円
が相続税負担額となります。
③AとBが相続放棄
法定相続人が配偶者だけになるのであれば、当然630万円の全てを配偶者が負担します。
a. しかし第二順位者である被相続人の親Cが存命の場合、Cに相続権が移り、法定相続分の割合は配偶者が2/3、Cが1/3と変わります。
税額は変わらず630万円なので、これを法定相続分の割合で按分すると、
配偶者…630万円×2/3=420万円
C…630万円×1/3=210万円
がそれぞれの納税負担額です。
b. 配偶者の親は亡くなっているが兄弟Dがいるという場合、Dは第3順位の法定相続人となります。
兄弟の法定相続割合は1/4なので、aと同様に相続分で按分します。
配偶者…630万円×3/4=472.5万円
D…315万円×1/4=157.5万円
が納税額です。
④配偶者が相続放棄
配偶者が相続放棄をしても子供A、Bは配偶者と同じ第1順位者であり、法定相続人が3人から2人に減るだけです。
AとBの法定相続分は1/2ずつなので、税額もそれぞれ半額の315万円ずつの負担となります(正確には配偶者の税額をそれぞれの法定相続分である1/2の割合で按分すると考えます)。
おわりに
相続放棄があった場合の相続税の計算はそこまで難しくはありませんが、相続額が多いにもかかわらず相続を放棄する者が出るということは、それだけ家庭内の事情が複雑なのかもしれません。
相続財産の確認や遺産分割なども含めて、相続人の意思を確認しつつ、まずは専門家の意見を聞いた方が良いでしょう。