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家族を失うということはとても辛いことで、本来ならばゆっくりと心を休ませる期間が必要と考えます。
しかしながら、人の死によって相続は開始し、さまざまな手続きが次々と待っています。
役所の手続きだけならまだしも、通夜・葬儀などの儀式もありますので、相続人達には気の休まる暇がありません。
そして、人の死によって発生する手続きをまとめた手順書などはあまり存在していないもので、業者の言うままに手続きをしたら「余分なお金が随分とかかっていた」という話もよく耳にします。
そこで、この記事では様々な手続きごとに、FPの視点から時系列で事務処理の仕方を紹介したいと思います。
ただし、葬儀等の儀式は地域差や慣習等がありますので、あくまでも参考程度にお考え下さい。
少々長い文章になりますが、頑張って読んでいただければ幸いです。
1. 家族の死後に始まる手続き
この章では、家族の死後に始まる手続きというタイトルにしてありますが、実際には生前に行っていたほうが良い手続きもあります。
そのため、前半では生前にしたほうが良い手続きを説明し、後半で死後の手続きを説明します。
出来れば生前にやっておきたい手続き
人の死は突然やってきたり、長患いの末に亡くなってしまったりなど、本当に分からないものです。
しかし、患者である被相続人(相続の対象となる人)に死が近づくと、医師は患者に危篤を告げます。
それでも、被相続人の意識がしっかりしていて、望むなら枕元でも遺言などをすることができます。
遺言などがあれば、死後の相続関係に重大な影響が出ますので、ここで説明しておきたいと思います。
危篤を迎える前の遺言のポイント
遺言についての基礎知識として、遺言には「普通の方式」として、自室証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります。
しかし、例外として「特別の方式」による遺言もあり、死亡の危急に迫った者の遺言(今回はこれに該当します)、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言、船舶遭難者の遺言が認められています。
死亡の危急に迫った者の遺言は一般危急時遺言とよばれます。
この方式をとる流れは以下のとおりです。
- ①疾病その他の事由によって死亡の危急に迫っていること
- ②遺言をしようとしていること
- ③証人が3人以上立ちあい、その一人に遺言の趣旨を遺言者が口授すること
- ④口授を受けた証人が口授の内容を筆記して他の証人に読み聞かせるなどし、各証人が正確なことを承認した上で日付を入れて署名し、押印し封印すること
- ⑤遺言の日から20日以内に家庭裁判所に審判の申立てをすること
この遺言の手続きを取っておけば、被相続人の最終意思を確認でき、後々の相続が相族になることを未然に防ぐことができます。
なおこの封印のある遺言書を開けるためには、家庭裁判所で相続人の立会いの下で開封する手続きが取られます。
これを検認の手続きといいます。
検認の費用は遺言書一通につき800円の収入印紙で納付します。
被相続人の保険にリビング・ニーズ特約はあるか?
生命保険商品には各種特約がありますが、その中でリビング・ニーズ特約というものがあります。
具体的には余命が6か月以内と宣告された場合に、死亡保険金を生きているうちに給付してもらえる特約です。
使い道に制限はないので、葬儀の費用のための資金にしたり、家族との思い出作りに旅行に行くなど、自由に使えるお金となります。
尊厳死を実現するためのリビング・ウィル
最近では、自分の余命が短いと知った場合や、治療の苦痛は最低限に自分として尊厳ある最期を迎えたいということで、尊厳死を選ぶ方も多くなっています。
日本で安楽死の制度が認められていないため、生きているうちに延命治療はしないで欲しいと意思表示をすること、これがリビング・ウィルです。
臨終を迎えたら
家族の心臓が止まり呼吸が停止すると、医師は臨終を宣告します。
ここからは怒涛の如く手続が待っていますので、悲しみに浸っている時間はありません。
最初に手に入れる書類、「死亡診断書」
死亡診断書を受け取ったら、必ず故人の氏名・生年月日・特殊な漢字が名前に使用されているときはその正しいことを確認します。
ここに誤りがあると火葬の手続きに進めないこともあります。
また、生命保険等の保険金請求にも影響してきますので、その正しいことの確認は十分おこなって下さい。
死亡届等の提出
人が死亡したときには、家族や親戚などは死亡の事実を知ったときから7日以内に「死亡届」を、死亡地の地区町村役場へ提出しなければなりません。
死亡届には、死亡診断書又は死体検案書を一通添付しなければなりません。
届出用紙は死亡診断書又は死体検案書と一体となったものが窓口で交付を受けることができます。
なお、事故死や変死だった場合には、これを警察に届け出る義務があり、検死が行われることになります。
火葬許可の手続き
通常は、死亡届の提出時に合わせて「火葬許可の申請」も行います。
すると「火葬許可証」が発行されます。
火葬許可証の交付を受けるときには、火葬場の名称・所在地を記入しなければならないので、あらかじめ調べておくことをお勧めします。
火葬・埋葬は死亡後24時間以内にしてはならないと決まっています。
また、市町村長の許可も必要です。
火葬を行うと、火葬場の管理者が火葬許可証に「火葬済」の署名押印をします。
この許可証がなければ、墓地でも納骨堂でも遺骨を受け入れてくれません。
なお、火葬許可証は火葬の後は埋葬許可証となりますので、絶対に無くさないようにしましょう。
死亡の原因が他殺・事故死・変死だった場合
もしも亡くなった原因が上記の原因であれば、警察の許可が下りるまでは遺体の移動も、火葬も禁止されています。
司法解剖で死因を調査し、監察医によって死体検案書に記入されることになります。
なお司法解剖については家族が反対しても、法にしたがい強制的に実施されるため、反対することはできません。
生前の意思確認はできる限りやっておきたい手続き
人が死亡し相続が開始した初期の段階で、死亡届の提出だけを考えてもこれだけ考慮する事情があります。
そうなってくると、なお一層被相続人の生前の意思を確認しておいた方が、その後の相続手続は楽になります。
また、法律の規定に基づき公的機関が関与してくる場合には、その指示に従い、速やかな相続手続を行うようにしましょう。
2. 葬儀に関連する費用のアレコレ
人が死亡すると、その地域の風習や宗教等によって、さまざまな弔い方があります。
ここでは、例えば仏教の四十九日法要の流れなどという個別の宗派の弔い方を紹介はしません。
あくまでも費用の面でどれくらいかかるのかを中心に説明していきたいと思います。
葬儀関連費用にはどのようなものがあるか
一般に、葬儀に関連する費用は3つに分かれるといわれています。
- ①寺院や神社・教会の他、世話役などへの謝礼
- ②葬儀会社に支払う費用
- ③飲食費など
寺院等への謝礼
まず考えられるのが、通夜・葬儀・告別式を執り行ってくれた僧侶(神官・神父)等への謝礼です。
これには一般的な相場がありません。
多くの場合は「お気持ちで」と言われることが多いようで、この場合には家の経済状態とよく相談して、無理のない範囲で謝礼の額を決めます。
もう一つの決め方としては、僧侶や神父などに直接「いくらくらいお包みすればよろしいでしょうか」と聞いてしまう方法もあります。
この場合には〇〇円と言われることもあります。
その金額が高いなぁと感じても、これを値切るわけにはいかなくなります。
また、近隣の風習などで葬儀の場合は○○円くらいといわれている金額を包むのも、無難な包み方です。
仏式におけるお布施の考え方
ここでは、国内において一番例が多いであろう、仏式におけるお布施の考え方を紹介します。
仏式での「お布施」とは読経料と戒名料を含みます。
またこれとは別に「お車代」であるとか「御膳料」を渡す地域もあるようです。
そして、葬儀全般を仕切っていただいた世話役には1万円から2万円程度。
記帳など各係を引き受けてくれた人には3千円前後を渡します。
地域によっては現金ではなく商品券などで代用するところもあります。
葬儀費用について
忙しい喪主が一番気を抜いてしまうのが葬儀会社に支払う費用です。
言われるがまま、あれもこれもとなってしまうと、結構な支出となるのである程度冷静な親戚などが間に入ってくれると、喪主も落ち着いて考えられることが多いです。
例えば棺や祭壇の程度や、供物、献花などの全てをセットにしたものです。
それこそ金額の幅はかなりありますが、実際にお願いしたものには単価があるので、それを積み上げて考えればある程度の支出額は分かります。
支払いについては、葬儀終了後に請求書を渡されるか、振込先口座を教えてもらいあとで振込むのが一般的です。
飲食費など
通夜での食事のふるまい、精進落とし、香典返しの費用などが、葬儀の後に発生します。
基本的には精進落としなどの食べ物は返品できませんが、会場には持ってきたものの未開封であるソフトドリンクやお茶は返品できることもあります。
食事のふるまいや、精進落としはある程度人数が把握できますから、返品できないものは少なく、返品可のものは一定数準備することが大切です。
なお、通夜ふるまいや、精進落としの食べ物代は一人当たり5千円程度が相場と言われています。
葬儀費用の工面の仕方
さて、葬儀にはこれくらいの大きなお金がかかりますよという内容をここまで書いてきましたが、葬儀の際にはお金は出ていくばかりではなく、香典や公的保険から給付される金額などが入ってきます。
香典は葬儀費用のあてにはしない方がいいというのは定説です。
なぜなら、香典の集計は告別式などが終了した後に終わることが多いので、寺院などへの謝礼としては使えません。
また保険から給付される金額も、一定の時間がかかりますのですぐには手に入りません。
一般的には故人のための葬儀費用ですから、故人の預金口座から引き出すのが通常です。
しかし、死亡した故人の預金などは、一旦相続財産として相続の対象となり、相続人全員の共有となります。
しかし2019年7月1日から、改正民法の相続編が施行されました。
これまでは共同相続人全員の同意がなければ引き出せなかった故人の預金を、全員の同意がなくても、金融機関に直接仮払いを申し立てるか、家庭裁判所に支払いを申し立てるという二つの方法のいずれかを取れば、引き出すことができます。
なお、引き出せる金額には上限があり、以下のとおり求められます。
預貯金残高×1/3×仮払いを求める相続人の法定相続分
なお、一つの金融機関から引き出せる上限は150万円までです。
葬儀を行うときは、収入と支出のバランスを考える
上記に示したとおり、2019年7月1日までは、故人の死亡が銀行に伝わってしまうと、共同相続人の遺産分割が終わるまでは葬儀費用であっても、金融機関は支払に応じてはくれませんでした。
この改正は残された遺族が葬儀を円滑に進めるためにはとてもいい改正だったと思います。
一点お勧めしたいのは、150万円を全て1万円札で引き出してしまうと、少額な謝礼を支払えなかったりしますので、五千円札や千円札もある程度準備しておいた方がよいです。
3. 故人に関する届出と手続
さて、ここからがこの記事の本丸部分といっていいでしょう。
故人に関する各種手続きは、窓口がどこなのか、なんの書類を揃えればいいのか、印鑑証明書はどうするかなど、個別に手続きが違っていますので、あらかじめスケジュールを立てて行動すると、二度手間を防ぐことができます。
図表で整理!故人についての事務手続きについて
事務手続き | 期限 | 窓口など | |
---|---|---|---|
運転免許証 マイナンバーカード パスポート |
返却 | 遅滞なく | 所轄の役所 |
故人の準確定申告 | 4か月以内 | 税務署 | |
住民票 | 世帯主変更 | 14日以内 | 市区町村役場 |
不動産 | 相続登記 | なるべく早く | 法務局 |
自動車 | 移転登録 | なるべく早く | 陸運局 |
本当はまだまだやるべきことは沢山ありますが、記述のスペース上、重要と思われるものをあげました。
他にも年金・健康保険証の手続き、電気・ガス・水道他、手のつけられるところから一続きやっていきましょう。
そして二度手間を避けるために、自分なりのチェック表を作ることが重要です。
各役所を右往左往していたのでは効率が悪いし、第一、葬儀後の疲労が溜まっている中では二度手間ほど精神的ダメージの大きいことはありません。
例えば市役所に行ったら、マイナンバーカード、世帯主変更などを一緒にすることが出来れば手続きは一回で済みます。
死亡後にすぐ行える手続
- ①住民票の世帯主変更…住民登録してある役所で手続
- ②電気・ガス・水道・NHK受信料…電話連絡のうえ、指示通りに行動する
- ③アパート、マンションなどの賃貸契約の変更手続き…不動産会社等へ連絡
公的な書類等の返却・退会・解約は早めに行う
- 1.健康保険証の返却
- 2.マイナンバーカードの返却(個人番号カード返納届を合わせて返納する)、通知カードも持っていたら一緒に返納する
- 3.パスポートの返却(悪用防止のために速やかに)
その他の書類の返納
- ①会社の身分証明書
- ②JAF会員証
- ③クレジットカード
- ④個人に関する資格制度の退会
返納すべき書類は沢山!
上記の書類の手続きを全て終えるということは簡単でないということは容易に想像がつくと思います。
行くべき役所が違えば、必要書類も違います。
また、個人的なものでもクレジットカードなどの重要なものは、悪用防止のために、すぐにカード会社に連絡し指示を仰ぐようにしましょう。
ただし、一気にすべてをやろうとすると疲れてしまいますので、大事なことを再優先にして、それ以外はマイペースでやることも必要だと思います。
4. 遺産相続確定後に行う手続
葬儀などが終わると、上記の各種手続きをしながら「遺産相続」の手続きも待っています。
相続関係のスケジュール概観を以下に示しますので、参考にしてください。
相続関係のスケジュールの流れ
法定相続証明情報制度
この制度は比較的新しい制度で、2017年5月から始まった制度です。
簡単に説明すると、法務局に被相続人と相続人の戸籍謄本や除籍謄本の一切と、相続関係を一覧表にした「法定相続情報一覧図」を作成して提出するものです。
その効果は、登記官がその相続関係一覧図に認証文をつけた写しを無料で交付してくれるというものです。
すると、不動産の名義変更、自動車の名義変更、銀行口座などの名義変更は「法定相続証明情報一覧図」を提出するだけで完了します。
しかし、法定相続証明情報を作る際の戸籍集めの手間は旧来と変わっていませんので、不動産所有者が亡くなっても相続登記をせず、またさらにその相続人が無くなったとすると、相続人の数はネズミ算式に増えていきます。
そのため、相続登記は早めにするようにしないと余計な費用と手間ばかりがかかります。
遺産相続手続の細かな決まり事
相続放棄・限定承認とは何か
相続放棄とは、その相続の効果を受け入れないことです。
承認は、全てを相続する単純承認と、相続財産の範囲内で相続する限定承認に分かれます。
相続放棄は、なぜ行われるのでしょうか。
一番多い例は、被相続人の財産を調査した結果、プラスの財産よりもマイナスの財産(負債)が多くなっていることです。
相続の放棄は、自己の決定権に従って行われるべきことですから、他人はこれを強制することはできません。
原則として熟慮期間の被相続人の死亡を知った日から3か月以内に何の意思表示もしないと、相続は法定相続分によって相続したものとして確定してしまいます。
準確定申告
準確定申告とは、故人がその年度の途中で死亡するまでに得た所得を申告することです。
故人の準確定申告は、亡くなった人の相続開始を知った日の翌日から4か月以内に税務署に申告する手続きです。
本来の確定申告に「準じて」行われるものであるため、医療費控除・社会保険料控除などの各種控除を受けることができます。
ただし、控除を受けられるのは1月1日から亡くなった日までに現実に支払った金額です。
遺産分割協議について
遺産分割協議の特徴として一つ挙げられるのは、相続人全員の同意がなければ、遺産分割協議が成立しないことです。
相続人全員の同意があれば、あとで資産が大きく目減りしても遺産分割はやり直しができません。
また、相続人の中に未成年者がいる場合も多いです。
親権は基本的に夫婦共同親権とされていますからA男、B女の間に子Cがいる事例で、A男が、子Cが成年になる前に死亡したときには、家庭裁判所にA男の役割を持たせる特別代理人の選任請求を行い、子Cの能力補充を行います。
実際の遺産分割の方法
遺産分割の方法には、以下の3つのメニューがあります。
- ①現物分割
- ②換価分割
- ③代償分割
①については、〇〇銀行の預金は次男、自宅不動産は長男、株式は長女など、ここの相続財産ごとに相続人を決める方法で、最もポピュラーに採られている手法です。
②については、遺産の全部又は一部を売却して現金で分割します。
現金で分割するので、細かい金額まで分け合うことができ、また、法定相続分と全く同じ割合で分けることも可能です。
しかし、居住用不動産などはその後も保有する必要があるなら、換価分割は適用しにくくなります。
③については、分割が難しい居住用不動産などを特定の人が相続する代わりに、その取得した相続人が自己の財産で他の相続人に金銭で差額を調整する方法です。
遺産分割協議書の作成
上記の相続人全員の同意で協議がまとまれば、「遺産分割協議書」を作ることができます。
ちなみに、この遺産分割協議書は法的に作成が義務付けられている書類ではありませんが、
預貯金の名義変更や不動産の相続登記には欠かせないものです。
役所や銀行では当然に提出を求められることになりますし、あとでの遺産分割を揉めて紛糾しないように、財産の多寡にかかわらず、作っておきたい書類です。
遺産分割協議書は特に様式が定まっているわけではありません。
パソコンでも手書きでもいいですし、紙の大きさにも制約はありません。
遺産分割は円満に柔軟性を持って行うこと
遺産分割についての大体の流れは理解していただけましたでしょうか。
なお遺産分割が禁止される場合もあるので、ここで説明しておきます。
①遺言による禁止
被相続人は、遺言によって相続開始の時から5年を超えない範囲内で遺産の分割を禁止することができます。
共同相続人の全員の一致があっても、その期間内は分割ができません。
②協議による禁止
共同相続人の協議により、共有物分割禁止の定めを設けることができます。
しかし共同相続人間の全員の合意で成立したものであるため、共同相続人の合意により分割の禁止を解除することができます。
③審判による禁止
遺産の分割ができない、共同相続人間に協議が整わないときは、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができます。
この場合において、裁判所が特別の事情があると認めるときは、一定期間を定めてその分割を禁止することができます。
とにかく、なるべく共同相続人間で議論が紛糾しないように、受取人固有の財産である生命保険金なども上手く使って、利害の調整を図ることも重要です。
柔軟な話し合いが望まれるのは言うまでもないでしょう。
5. 相続手続き中に遺言を見つけたらどうするか
上記①のように、被相続人が死亡し、相続手続き中に遺言が発見されることも珍しくありません。
遺言によって財産を贈った人を「遺贈者」、その財産を受けた人を「受遺者」といいます。
民法では、遺贈と相続どちらを優先するかというと、遺贈を優先する決まりになっています。
そのため本文の冒頭で述べたように遺言書を生前から作っておくか、誰か信頼のおける方に預けておけば、あとで相続のやり直しなどは防げます。
また、相続法の改正により令和2年7月10日から、「法務局が遺言書を保管」してくれるという改正がなされました。
遺言があった場合の相続手続概観
上記のフローチャートでの注意点
※遺言書を見つけても慌てて開封しないこと!
故人の遺言書を見つけた、あるいは預かっている人は、これを開封せず家庭裁判所に提出し、検認を請求する必要があります。
封印のある遺言書は家庭裁判所で、相続人等の立会いの下で開封することになります。
ちなみにこの手続きを誤り、裁判所以外の場所で開封してしまうと、「5万円以下の過料」の制裁があります。
しかし、検認はしてもらえますので、その点は安心してください。
ただし遺言書を破棄したり隠したり、勝手に書き換えるなどの行為をすると、「相続欠格」となり、相続人から除かれてしまいますので要注意です。
遺言書の方式には3つのメニューがある
遺言には普通の方式と特別の方式があります。
先ほど病床で亡くなる寸前に作成した遺言書は、一般危急時遺言として特別の方式の遺言です。
通常の遺言は、普通方式の遺言で作成される場合が多く、普通方式の遺言全3つを紹介します。
自筆証書遺言
これは読んだままその通り解釈していただければ大丈夫です。
遺言者が遺言の全部を自書し、署名、押印することによって作成される遺言です。
筆記具や用紙にとくに制限はなく、2019年1月13日以降は財産目録に関しては、パソコン等で作成し、また通帳などはコピーでよくなりました。
ただし、代筆では効力はありません。
有名な判例で「添え手」が自筆証書遺言に当たるかどうかが争われた事件についての判断があります。
最高裁判所の昭和62年10月8日の判断です。
要約すると、遺言者が自分で字を書ける能力があり、他人の意思が介在した形跡がない場合に限り自筆と認めるというものでした。
例えば意識はしっかりしているものの、手が震える病気のため、「添え手」で震えを止めてもらった場合などです。
公正証書遺言
これは遺言者の口述に基づき、公証人が遺言書を作成する方法です。
通常は遺言者が証人とともに公証役場まで赴きます。
そして公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者と承認に読み聞かせや閲覧をさせ、筆記が正確なことを確認した後、遺言者と承認が署名押印します。
最後に公証人が方式に従って作成した旨を付記します。
遺言者が病気や障害などで署名押印できない場合は、公証人がその理由を付記します。
公正証書遺言は厳格な手続きで確実に作成されることをお分かりいただけたでしょうか。
また、保管も公証人にお願いできますが、公証人への手数料がかかります。
公正証書の原本は、公証役場に保管されるのですが、遺言者が120歳になるまでは原本を保管しています。
そのため、紛失やその他の事情で使いたい場合には再交付を受けることができます。
秘密証書遺言
秘密証書遺言とは、遺言があることは明らかにしつつも、その内容は秘密として遺言書を作成する方法です。
遺言者は遺言を自書し、署名押印します。
さらに、遺言書に押した印鑑で封印をします。
これを証人2人以上の立会いのもと、公証人に提出して、自己の遺言書である旨と住所及び氏名を申述します。
公証人が日付及び申述を封筒に記載し、公証人・遺言者・証人が署名押印します。
誰にも見られずに作成しているため、内容の秘密は守られますが、自筆証書遺言と同様の書式を満たしていない場合には無効となることもあります。
しかし、民法には「無効行為の転換」という考え方があって、秘密証書遺言としては無効ですが、自筆証書遺言としては有効であるとして、見方を変えて有効とすることができる場合もあります。
また検認の話を上記で記述しましたが、検認の手続きが有効に行われても当然に遺言は有効となるものではありません。
あくまでも必要な様式等を満たしている必要があります。
遺言執行者について
遺言執行者は、相続を専門としている弁護士・税理士・行政書士等が行う場合もありますが、条文では未成年者と破産者以外なら、誰でも遺言執行者となることができると解釈できます。
遺言執行者とは遺言書の内容を実現しながら財産を管理する者をいいます。
遺言執行者は遺言で指定される場合もありますし、指定がなければ相続人が遺言執行者となることも問題はありません。
また、家庭裁判所に遺言執行者の選任の申立てをすることもできます。
遺言は個人の最終意思 出来るだけ尊重しよう
遺言は個人の最終の意思です。
これは最大限尊重されてしかるべきです。
しかしながら、相続人全員の同意があれば、遺言に従わないことも可能となっています。
また、遺産分割のところで述べましたが、遺産分割も再分割が可能となっています。
例えば、相続手続も終わって一息ついたときに、隠し子のDが現れると、Dは、「私も父と親子関係があるから相続権がある」と主張するかもしれません。
このような場合にも民法に詳細な規定はありますが、本題とは離れてしまうので、そうなってしまった場合には弁護士や司法書士が強い味方になってくれます。
遺言は存在が知られなければただの紙切れ
この章の内容はいかがでしたでしょうか。
生前に一生懸命遺言書を作成しても、故人の机の引き出しに遺言書がしまってあって、すべての相続手続が完了した後に発見されることも珍しくありません。
何の効果もない紙切れと一緒です。
しかし公正証書遺言で公証役場に保管してもらうか、令和2年7月10日以降は「遺言書保管法」にもとづき、法務局で遺言書を預かってもらっておけば、相続人に限らず誰か一人でも、故人の遺言があることを知っていれば、遺言はしっかりと効力を発揮します。
故人の最終意思はなるべく実現させてたいものです。
6. 相続税の計算と申告及び納付
相続税の申告期限は、相続開始の日の翌日から10か月以内です。
しかし、遺産分割の期限は法律に何の決まりもありません。
そのため、相続税の申告期間までに分割が確定しない場合も起きる場合があります。
これを「遺産が割れない場合」と言ったりもします。
相続税の申告期限までに遺産が割れなければ、一旦法定相続分で分割したと仮定して相続税を申告・納税します。
なお相続税で大きな減税となる、配偶者に対する相続税額控除や、小規模宅地等の評価減などは適用ができなくなります。
しかし、その後に遺産分割の内容が決まると払い過ぎた相続税は還付を受けることができます。
また、分割の結果当初よりも相続金額が多くなってしまった人は、追加で納税する必要があります。
相続税の計算方法
相続税は、相続または遺贈(遺言で財産を受け取ること)により、財産を取得した場合に課税されます。
法定相続人が財産を取得した場合が相続、被相続人の遺言によって相続人やその他の人が財産を取得した場合が遺贈です。
相続および遺贈とも、相続税の課税対象になります。
相続財産の評価(相続財産評価額)
ここでは相続の対象となる財産評価のうち、一般的に多いであろうものの相続税評価額の計算式を載せてあります。
しかし、その計算は複雑であり、少しのミスで大きな申告漏れが起きる可能性が大ですから、通常は税理士に依頼して処理してもらうことをお勧めします。
【プラスの財産】
・預貯金
預貯金=預入高+既経過手取利子の額で計算します。
なお、普通預金などで利子の額が僅少なものについては預入高での評価ができます。
・上場株式=以下の金額で最も低い金額で評価します。
- ①相続開始日の最終価格
- ②相続開始の月の最終価格の平均月額
- ③その前月の最終価格の平均月額
- ④その前々月の最終価格の平均月額
・死亡退職金および弔慰金
- ①死亡退職金=受給金額―非課税枠(500万円×法定相続人の数)が非課税
- ②弔慰金=業務上の死亡は死亡時の給与の3年分、業務外では死亡時の給与の6か月分が非課税
・生命保険金
保険金額―非課税枠(500万円×法定相続人の数)が非課税
・建物
- ①自分で使っている自用家屋=固定資産税評価額×1.0
- ②貸家としている場合=自家用家屋の価格×(借家権割合)
※固定資産税評価額は、市区町村役場で調べます。税務署ではないことに注意してください。
【マイナスの財産】
相続財産のうち、借金などのマイナスの財産を承継したときや、被相続人の葬式費用の負担をしたときは、その金額を相続税の課税価格から控除することができます。
厳密ではありませんが、相続税の課税価格の計算方法を示すと以下のとおりになります。
- ①遺産の総額
- ②非課税財産(仏具など)
- ③債務控除・葬式費用
- ④相続時精算課税で贈与した部分
- ⑤相続開始前3年以内の贈与財産
【計算式】
①―②―③+④+⑤=課税価格
これ以降の相続税の総額計算と各人の税金の計算などは、複雑を極めるため、税理士に相談して指示を仰いだ方が賢明です。
自己判断の結果、相続税の申告漏れになるリスクを最大に回避することができます。
相続税の延納と物納
相続税は、相続開始の日の翌日から10か月以内に、被相続人の住所地の所轄税務署に対して申告・納付をします。
相続税は金銭で一括納付が原則です。
遺産の中に金銭等が多く含まれていればこれは可能ですが、例えば山林が遺産だとしても買い手がつかなければ、相続税の支払い期限を延ばしてもらう「延納」や、相続税をもので納税する「物納」という例外的な制度があります。
延納の要件
延納は相続税額が10万円超で、かつ、現金での支払いが困難な納税者が担保提供することで「延納」をすることができます。
延納をすると、実際にはお金を借りているような状態ですから、所定の利子税がかかります。
物納の要件
相続税の納税が延納でも厳しい場合は、一定の条件のもとで相続財産を現物で納める「物納」が可能なことがあります。
しかし、物納が認められないケースも多々あります。
例えば「山林を物納しました」という事情になったとしたら、誰がその山林を管理するのでしょうか。
また、「物納でこの車を納めます」となったら、誰がその車を保管するのでしょうか。
結論としてはいずれも国になるのですが、物納に適しているかどうかという基準に照らし合わせて、物納が認められるかどうかを判断されます。
延納・物納とも、あくまで例外的な制度であるため、このような納税方法をする場合には、申告納税のミスを無くすためにも税理士に依頼することがベターです。
資産税は難しいので、できるかぎり税理士に任せたい
最近は優秀な会計ソフトや税務ソフトの登場により、本屋の経済誌コーナーには、相続登記が一人でできるであるとか、相続税の申告はこれ一冊で分かるというような本が増えてきました。
確かに最近は本人申請や、本人の申告納税が進んでいますが、なんでもかんでも会計ソフトに頼ってしまうこともできます。
申告書は形としてはでき、税務署や法務局などに行けばその申告書や申請書は受理されます。
しかし、税金面で特に顕著ですが、あとから税務調査を受け、多くの過少申告加算税や、場合によっては重加算税といった重いペナルティーにぶつかることがあります。
やはりソフトを使いこなせたとしても、実際に正しいかどうかを見極める知識が必要になります。
その点、税理士はそれを専門に行う士業ですので安心して任せられるというものです。
7. 相続法改正の目玉!配偶者居住権などのあらまし
配偶者居住権の基礎知識
配偶者居住権とは、被相続人(夫)の配偶者が、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時点で居住していた場合に、その居住していた建物に配偶者が引き続き居住することを認める権利のことをいいます。
そしてその権利は、相続開始の時から所定の短期間だけ建物に無償で居住することのできる「短期居住権」と、配偶者が終身にわたって無償で居住することができる「長期居住権」の2種類が設けられました。
その趣旨はいずれも、相続の開始によって配偶者が住居を失わないようにするために設けられました。
この規定はすでに公布されており、施行日は令和2年4月1日です。これから始まる新しい制度です。
その他の相続法改正について知る上での前提
相続法の改正法施行日前に開始した相続については、改正附則に特別の定めがない限り、従前の例によるものとされています(改正附則2条)。
改正法での処理が適用されるのは、原則として改正法の施行日後に開始した相続であることに注意してください。
この附則については、専門の先生でも適用を誤った例があります。
相談などに行く際、特に気になるようでしたら「相続専門」を掲げている、弁護士・税理士・司法書士・行政書士などに依頼するのがいいでしょう。
8. まとめ
いかがでしたでしょうか。
通夜・葬儀・返戻品などの儀礼的な部分は極力省いて、相続手続を家族の死から順に説明しました。
文章が長かったので、多少疲れてしまったかもしれませんが、重要な改正点や注意すべき事項については多岐にわたって説明しました。
あとは読者の皆さん、これを読んで相続手続頑張ってください……とはとても言えませんね。
高齢の行政書士の先生とお話をする機会があったのですが、「民法が変わったというけれど、どこがどう変わっているのか?」という話になりました。
これは、最後の分節で説明した改正附則を知らないケースです。
勿論ベテランの先生ですから実務はバリバリこなせます。
しかし法律系の団体でも、さまざまな金融機関でも、ある程度大きな改正があると、「ここが変わりました!早めの対策をしないと大変ですよ!」と宣伝に走ります。
ここで思い出してほしいのは、相続税の計算の際に、保険金から差し引かれる非課税枠が引き下げられたときのことです。
あのときは、銀行、信託銀行、保険会社、証券会社などが血相を変えてクライアントの奪い合いになりました。
確かにテレビや新聞等でも大きく取り上げられましたから、一定数の方が相続税対策をしたようです。
しかし、長い目で見るとどうでしょうか。
家族の死後から葬儀までの流れは法律で縛られるものではないので、ほとんど影響は受けませんでした。
また、相続税対策が過剰になると、税務当局が通達等で税務のルールを変えることはよくあることです。
その上で今回の相続法改正です。
これからの動向に目が離せませんが、この社会のワナを見破る目を大切にしてほしいと思います。